【看護と自分】これまでのキャリアで身につけたもの

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どうもヒロです。

僕は看護師をして今年で13年になります。

この13年間で3つの病院で働いてきました。その各病院で得た看護観などについて話をしてきます。

 

自分が得たもの

大学病院編

看護学校を卒業しはじめて入職したのは医大のOP場でした。まず、初めの医大のOP場では、毎日7時ごろに職場に入り機械ならべをして、夜は20時くらいまでいている。というのを1年間続けていました。

当時の自分は、本当に世間知らずだったので、こんな毎日続けられないと、逃げ出したい気持ちがありました。ちょうどそのころ職場の先輩と車の衝突事故を起こしてしまい、気を使いながら働くのが嫌になり1年でやめてしまいました。

この医大では現在の鬼嫁と出会うきっかけがあったのです。この病院きっかけで嫁と付き合ってしまい、終いには結婚することとなりました。出会ったのは、医大でしたので、医大で働くことがなければ嫁にも出会うこともなかったんだと思います。

これが医大で働いたメリットであったのか、デメリットであったのかは正直まだわかっていません。(笑)

とは言うものの嫁はゲットすることができました。

療養型病院編

医大退職後に知人の勧めもあり、療養型の病院で働くことになりました。

ここに入院している患者は、重症心身障碍者と言われる、脳性麻痺の患者さんが多くいました。虐待などにより脳に障害が残ってしまった子供など経緯は様々でした。患者の多くは気管切開されていて、人工呼吸器が装着されていたり、知的障害などもあり、十分に自分の思いを伝えられない方でした。

ここで特に学んだことは、自分で症状を表現できない患者さんの状態を正確に観察できなければいけないというところでした。初めは全然わからなくてよく先輩に怒られていました。

働きだしたころは、あまり学習意欲もなく、日々過ごしていました。その時のプリセプターに言われたのが。「あんたは看護師やろ。そういう目線で患者をみろ。」でした。この一言は今になっても忘れません。

その言葉で気持ちを入れ替え、日々関わって自分でも勉強していくことで徐々に変化に気付くことができるようになったのです。これには様々な知識が必要なんだと実感した経験でした。

他に、入院している患者さんの家族と関わることは多くありました。患者を想う家族の気持ちというのは様々で、心配がゆえに看護師にめちゃくちゃ厳しい家族さんもいました。ここで対応に悩む、患者の家族に対して、どのように表現することが良いのかなどのコミュニケーション能力を鍛えられたと思います。

この病院では6年間働いていました。その中で結婚をし、マイホームも購入しました。

マイホーム建てたこともあり、自宅近くの一般病院で働くこととなりました。

 

一般病院編

始めはリハビリ病棟の方で働きだしました。この時に感じたのは、知識が絶望的に足りていなかったことです。あとは自分の中にこれといった看護観がないことに気付きました。

特に働いていて不安だったのが、リハビリ病棟は看護師1名に介護福祉士さん1名であって自分の判断で看護していかなければならないことでした。これではダメだと思っていたころに、師長さんから一般病棟への異動の話があったので、希望させていただきました。

この経験からは新人の頃にもっと勉強しておけばよかったと心から思いました。

もし看護師をしていて「もうしんどいからこんなとこ辞めてやる」と思っている人がいたら、「もう少し頑張ってみてほしい。自分に自信がついてから辞めても遅くないんじゃない?」と伝えたいです。ただ心や身体が病んでしまっては、元も子もないので、その場合は別ですけどね。

一般病棟に移動したのが5年前で現在の整形外科病棟に配属となり、今まで経験したことのない処置や学習を多くさせてもらいました。

この病棟で働いていく中で少しずつ自分の看護観が形成されてきました。

今の自分のなかでの看護観とは「患者さんに安心して看護を受けてもらい、日々過ごしてもらえるか」です。このように思えたのは今年に入院してきた患者さんとの出会いでした。

入院に至った経緯は、日中自転車に乗っていた時に誤って田んぼに落ちてしまいました。その直後から体を動かすことができなくなってしまい、当院に救急搬送となりました。

僕は入院時から担当させていただくこととなりました。
入院時は全身泥だらけの状態でした。また、下肢は動かすことはできるのですが上肢は動かすことができませんでした。
他にも痛みがあり、表情も暗い感じでした。また話をできる精神状態ではないようにかんじました。

まず、全身の泥を落とすために洗髪や清拭、などをスタッフ総出で行っていました。すると徐々に話をできる状態となっていました。そんな時に患者さんから「元通り動くようになるかな」と、とても不安げな表情で質問がありました。

その時に、自分が今まで看護してきた患者さんの状態について話をしていきました。少しずつ痛みも軽減し動かすことができている患者さんが多いことを。

すると本当に安心した表情で「良かった。」と言われたのです。他にも何かできないかと、痛みの軽減に努めたりと必死になっていると、患者さんから「○○くんって西中やった?」と言われたのです。

実はこの患者さんは中学校の時に先生だったのです。これにはびっくりしました。

この先生から「○○君ってわかったら、もう安心してまかせられるわ。」と言われたのです。この一言はたぶん一生忘れることはないと思います。

自分の関りが、患者さんを良くも悪くもすることができるため、様々な知識をもって状況を判断し、適切な看護や声掛けをすることで、患者さんに安心してもらえる看護を提供していけると学びました。

 

最後に

看護師という仕事は、しんどいことも沢山あって、自分の苦労も報われないことも多いです。でも、たまにあるこのような出来事が自分が看護師でいることを継続させてくれているのだと思います。

これからも様々なことを経験していくとは思います。すべてのことを自分の糧にして自分の信じた道を歩んでいけたらと思います。

ではまた明日。ばいばい。

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